スティーヴン・メリロが世に問う、日本への想い |
当初発売が予定されていた2005.09.11よりもリリースが早くなり、08.25に発売が開始されました。Chapter ZEROから約3年、短いようで長い新作までの道のり。「a WALK on the WATER」が出たときは毎日聞いていました。聞くごとに新たな感動を覚え、新たな発見をしました。CDを通して聞いたのは200、いや300回以上ですかね〜。別に演奏するわけでもないのに曲を覚えるまで聞いてました。あれから3年、やっぱり長かったですね・・・。 Chapter ZEROが出てからずっとスティーブ(彼への呼び名)のホームページは見続けてきました。新作が出された後もすぐ曲は書き始めているんだろうなぁとか思いながら陰ながら応援し続けてきました。そして新作の第一報が伝えられたのは2003年の夏でした。ホームページを見ていたらアメリカで新作が初演されたのこと。曲目は「MUSASHI」。このアルバムの基礎となる曲がついに世に出てきたのです。そして同じ年の10月17日、日本でもMUSASHIの初演が決まり、早速会場へ。日本初演を担当したのは日本のプロ吹奏楽団、東京佼成ウィンド・オーケストラ。指揮は常任指揮者のダグラス・ボストック。演奏会のタイトルは「Old Japan」。前半の一発目に「MUSASHI」は演奏されました。ステージいっぱいに広がったのは見慣れない楽器とたくさんの打楽器群。前作を聞いてきた耳にはとても進化したスティーブの音楽が流れてきた記憶があります。 さてそれから月日は経ち、2005年年明け。僕はずっと尊敬して続けてきた作曲家、スティーヴン・メリロ氏とメール交換をするようになりました。それがきっかけで今年の5月に決行された大プロジェクトの全貌を聞かされ、「今年中にはビッグな作品が出来るよ」という言葉を頂戴するにいたりました。スティーブは前作が出た後から書き溜めておいたビッグな作品をここ、日本で収録すると言ってきたのです。そして5月に来日、航空中央音楽隊との長き日に渡るレコーディングが開始されました。レコーディングして帰国したスティーブに感想を聞いてみたところ、「日本は実にエキサイティングな国だった。」と言ってくれました。日本人よりも日本のことを深く愛す方なんだなと、そう感じました。収録された7つの作品を見てみればそれは誰もが納得できることでしょう。「MUSASHI」を筆頭に「JIDAI」、「KAKEHASHI」、「FURUSATO」。ここまで日本をモチーフにして作品を書き続けた方はいたでしょうか。スティーブが想い、愛する日本がいっぱい詰まった作品集、やっとやっと登場です。 |
STORMWORKS...Chapter
5:8 ”WRITINGS on the WALL” |
Chapter 5: |
01.MUSASHI |
02.CUBA |
03.Concerto for Violin |
04.JIDAI |
Chapter 8: |
05.KAKEHASHI : THAT WE MIGHT LIVE |
06.GOD BLESS AMERICA |
07.FURUSATO...Heimat...Home |
航空自衛隊航空中央音楽隊 |
ヴァイオリン:鈴木理恵子 |
ユーフォニアム:外囿祥一郎 |
合唱:オールド・ドミニョン大学・シェナンドー大学合同合唱団 |
指揮:スティーヴン・メリロ |
Musashi's Musical
Haiku No.21 "Aini Deau Himade" |
MUSASHI
Op.906 in 2002 |
吉川英治作の「宮本武蔵:五輪の書」の英語訳版を読んでインスピレーション受け、この作品を書き上げたのこと。曲は全6楽章からなり、第1楽章に音楽的俳句第21番「愛に出会う日まで」が置かれています。この部分は尺八、琴、ハープ、ウィンドチャイムと武蔵の声と呼ばれるヴォーカルから構成されており、このヴォーカル部分は基本的に男性パートとなっています。歌詞は次のように読まれていきます。 -愛に出会う日まで 英雄は一人流離う(さすらう) 世界は今歌声を上げる すべてはひとつになったと- 第2楽章からフル編成で作品は始まります。木管の下降音階続くとアルト・フルートによる「MUSASHIのテーマ」が登場します。再び木管楽器が不気味な雰囲気を漂わせ始めると、金管と打楽器楽加わり高揚します。この部分から第3楽章です。ここでは特に金管楽器と打楽器の見事な絡みが聞けます。ふとそれが去るとクラベスとステージの両端に設置された2台のバスドラムの伴奏に乗って、打楽器以外のパートはハンドクラップ(手を叩いてリズムを生み出す奏法)を演奏します。ここは戦いをイメージした楽章と言っているほど、緊迫した場面となっています。第4楽章はMUSASHIのテーマを含みながらも静けさを伴ったそんな楽章になっています。再び戦いのシーンのような激しい音楽が聞こえてきます。それも静まると第5楽章へ。アルト・フルートを含む木管楽器群がやや悲しげにMUSASHIを奏でます。クラリネットのソロが始まると、トゥッティによってそれは繰り返されます。ホルンが別に吹いている高音のテーマにも注目。これとMUSASHIのテーマの絡み合いが本当に素晴らしいですよ。やがて終楽章へ。最後にMUSASHIが登場した後、バンドがヒートアップする何かを暗示しながら終わっていくクライマックスへ。なだれ込むようにストームコード風に金管が登場し、ティンパニ、2台のバスドラムの上にバス・トロンボーンの最低音が加わり、ffで終わりますが、完全に音が消えないうちにオフ・ステージに用意されたテンプル・ゴング(大・小)の音が聞こえ始め、だんだんと遠ざかって消え去ります。 全曲で約19分の作品です。 |
CUBA Op.929 in 2005 |
スティーブが数年に渡って世話になったキューバ人のアルド・フォルテ(Aldo Forte)が過去に体験した数々の経験をもとに書き上げた作品。彼の作品にしては珍しいポップス調で書かれています。勿論全部がそうではないですが。ここでFeaturingされているのは航空中央音楽隊の首席ユーフォニアム奏者でまた、国内のみならず世界でも名を挙げている「外囿祥一郎」。冒頭からの美しいユーフォニアムの音色に引き込まれることでしょう。南米のサロンで常に流れていそうな音楽を見事にここで表現しているのが、ピアノとユーフォニアムの絡みが面白いジャズ風の場面。それ以外にノリにのったラッパ隊の高音シャウトなどオリジナル作品ではなくてポップスステージを鑑賞しているかのようです。口中盤から後半にかけては流れる音色が過去に聴いたことがある作品の一部ような感じにさせる泣きの部分です。颯爽と流れる前半部分と違ってこのアルドという方が何か偉大なことを成し遂げた後の満足感に浸っているような感じにさえさせてくれます。ラテン楽器も多用されます。MUSASHIでも登場したテンプル・ゴングが静かなクライマックスでも登場し、想い出の幕は閉じられるのです。 全曲で約14分の作品です。 |
CONCERTO for VIOLIN Op.872
in 2000 |
世界的ヴァイオリニストであるアン・アキコ・マイヤーズの為に書かれた3楽章編成のヴァイオリン協奏曲。もともとはオーケストラのために書かれた作品でした。それを今回、新たに吹奏楽用に編曲しなおし、新日本フィルハーモニー交響楽団の副コンサートミストレスを経て、読売日本交響楽団客演コンサートミストレスを兼任、ソロ作品集や演奏会を積極的にこなしている若手女流ヴァイオリニスト、鈴木理恵子とともに録音した版がこれです。曲は第1楽章:「Tormentation(troment; 苦悩)」、第2楽章:「Romance(ロマンス)」、第3楽章「Allegro Assai Molto Vivace」の全3楽章で構成されています。僕がこのアルバムの中で最も期待していた作品。もともと自分はクラシック音楽、オーケストラを好んで聴いているので吹奏楽の為のヴァイオリン協奏曲は大いに期待していたのです。もちろんスティーブが書く弦楽器を使った作品ということにも非常に関心あったのも付け加えておきます。 ・第1楽章:「Tormentation(troment; 苦悩)」 - ソロ・ヴァイオリンのトレモロから静かにそして幻想的に始まります。やがて管楽器と重なり合い重厚になっていきます。スティーブの作品にしては珍しくそれほど細かなパッセージはありません。この楽章の聞かせどころは後半に見られるソロ・ヴァイオリンのカデンツァ。鈴木理恵子さんの巧みな弾き方が関心を誘います。前作のアルバムを作っていたころに書かれた作品なので前作のアルバムに収録されていたいくつかの作品に出てくる旋律が聞こえてくるのも、懐かしさと新たな感動を味わえてグッドです。第1楽章は苦悩と題しておきながらもかなり幻想的な苦悩が描かれています。 ・第2楽章:「Romance」 - その名のとおり非常にロマンティックな楽章です。例えて言うならばベートーヴェン作曲によるヴァイオリンの為のロマンス的な作品です。ソロ・ヴァイオリンが弾いているやわらかな旋律が大変素晴らしく、もはや見事としか言いようがありません。吹奏楽単品を書いても上手なスティーブがここまで弦楽器を巧みに扱うとは思ってもいませんでしたから、僕はこの作品だけにでも拍手を贈りたいです。管楽器とソロ・ヴァイオリンの不思議な不思議なロマンス。この楽章は大変美しいですよ。 ・第3楽章:「Allegro Assai Molto Vivace」 - ティンパニのロールから突入し、チェレスタとグロッケンシュピールの奇妙な伴奏にソロ・ヴァイオリンが乗るところは非常に映画「シザー・ハンズ」的。その後に登場する金管楽器によるこの楽章のテーマも映画音楽の一節の様。かつての「STORMWORKS」シリーズに見られなかった音楽がここにあります。初めて弦楽器と絡むことで生まれる管楽器の不思議さ、新鮮さ。立派な主題がいくつもあり、しっかりと曲を構成しています。チャイコフスキーやパガニーニのヴァイオリン協奏曲のようにそれほど難しいテクニックを要するものではないですが、編成がかなりの大編成なのと、音楽自体の複雑さが、結構、ソリストを苦しめているのではないかと思います。この楽章にも登場するカデンツァも第1楽章同様素晴らしく、聞き手をあっという間にヴァイオリンの虜にします。クライマックスは第1楽章と同じリズムで終わります。 作曲家が現代の人ですし、吹奏楽オリジナル曲のように聞きやすくなのでは?と思うかもしれませんが、そういうことは一切ございません。スティーブは過去の偉大なるクラシック音楽家の作品を研究されているようなのでこの協奏曲は現代音楽的というより、むしろ後期ロマン派といった方が合うかと思います。理解不能な旋律も出てきませんし、途中で飽きてくるような場面も登場しません。スティーブが単なる吹奏楽作曲家ではないと言うことが本作品で証明されたのではないかと思います。 全曲約29分の作品です。 |
JIDAI Op.926 in 2004 |
日本映画の基本中の基本である黒澤明監督の映画を一気に鑑賞してその中からインスピレーションを受けて書き上げた作品です。JIDAIを書く前にスティーブは「RETROGRADE」の音楽を作曲しました。この中に出てくる音楽はそのままJIDAIに使われています。言わば「RETROGRADE」はJIDAIの旋律を生むきっかけとなった作品と言えるでしょう。 作品は壮大な幕開けをします。いたるところにMUSASHIのテーマが登場するのも面白いところです。そのJIDAIの中を生きたMUSASHIを表現しているのでしょうか。テンポアップする場面では打楽器の複雑なリズムが大変魅力的です。この場面のリズムこそが「RETROGRADE」の第1曲目:「Man vs. the METEOR」のリズムがそのまま使われています。MUSASHIと兄弟のような作品で曲の流れも良く似ています。中間部に聞こえるオーボエのソロ、ホルンのソロ、先ほどのヴァイオリン協奏曲とはかなりかけ離れていますが、こういった作品も書けるのであると驚かされます。さて曲は霧に包まれたような中間部を経て、後半は派手さが戻ります。テンポアップしたところでいきなりホルンによるMUSASHIのテーマが登場、なおかつクラベスによる伴奏もMUSASHIを少し変えたという印象です。何かの闘争の場面でしょうか。縦の刻みが再び「RETROGRADE」そのままです。そして激しさが終わると平和への祈りが聞こえてきます。ここではシンセサイザーとオルガンによる神秘的な響きがとても感動的。その中で生まれるMUSASHIのお話もこのJIDAIの中で上手く語られています。クライマックスは再び激しさを増していき、壮大に幕を閉じるのです。 時代:「常に存在し、流れ行き、変わることのない英雄の時・・・」(ブックレットのスティーブの言葉から引用) 全曲で約15分の作品です。 |
KAKEHASHI : THAT
WE MIGHT LIVE Op.919 in 2003 |
この作品が「梯」となる前に書き上げられていたのが「BEYOND COURAGE」という作品。これは大管弦楽の為に書かれた音楽ドキュメンタリーです。そして今回、「BEYOND COURAGE」から変更になって収録されたのは「梯」。「BEYOND COURAGE」をもとに吹奏楽編成に書き直し、新たなドキュメンタリー作品として生まれ変わりました。スティーブの新しい試みは歴史を音楽で伝えること。戦時中のアメリカと日本の関係を管打楽器と合唱、当時録音されたニュースやモールス信号など、映像のない映画を見ているような作品です。全体の4%ほどが当時流行っていた音楽(ジャズや歌)やニュースや語りなどで埋め尽くされ、ある程度のお話を語ったところで吹奏楽団と合唱団による幻想的な音楽が登場する、といった繰り返しで曲は最後を迎えます。ラストは本当に感動の一言。舞台には役者がいて、オーケストラ・ピットでは音楽が鳴っていて・・という感じです。ワーグナーが創造した楽劇をスティーブは現代の技術を使ってこういった形式の楽劇にした印象があります。 一般の吹奏楽団では演奏することは不可能に近いかと思います。これは別録音した歴史を綴るデータと生演奏の組み合わせな作品ですから実際演奏することは無理かと・・・。しかし僕はこの作品を生で見てみたい。大きなスクリーンにデータを映し出しながら、オーケストラ・ピットで演奏すれば一種のオペラとなるでしょう。 そしてこの壮大なドキュメンタリー作品はまだ続いていきます。「梯」だけで約54分。全曲で約69分の作品です。 |
GOD BLESS AMERICA Op.919 in
2003 |
「神による故郷への祝福」と題されたこの作品は一連の「梯」作品の第2曲にあたります。ここで語られる故郷というのはスティーブの生まれ故郷、アメリカ合衆国の事を指しています。冒頭から女性ヴォーカリストによるこの作品の主題が静かに歌われます。やさしく、やさしく・・・。そして混声合唱が加わり男性ヴォーカリストのソロがあり、それを支えるかのように混声合唱がそれを讃えるかのように歌い上げます。ここから壮大な歌は続きます。やがて全体が賑やかになると、曲は少しテンポを上げ、行進曲のような形式で再び「GOD BLESS AMERICA」が高らかに歌われます。時折、Souza作曲の「星条旗よ永遠なれ」の一節が聞こえたりします。本当にSouzaが作ったかのような音楽に聞こえてしまうところがさすがアメリカ人って感じがしますね。僕はこの作品においてかなりの好印象だった作品がこれでした。合唱が入っている事だけでも感動なのに、ラストの盛り上げ方など、非常に興奮させられました。終わり方はトランペットの部分がChapter ZEROの「a WALK on the WATER」にそっくりでした。 約6分という短い作品ですが、ありとあらゆる物がたくさん詰め込まれた大変素晴らしい作品です。 |
FURUSATO...HEIMAT...Home... Op.930
in 2005 |
さて作品集の最後を飾るのは、スティーブが我々の故郷を表現した作品です。その名は唱歌「ふるさと」。誰もが音楽の時間に歌ったのではないかと思います。見事な吹奏楽アレンジ版として生まれ変わりました。冒頭から女の子のソロによって歌われます。これを歌っているのはブックレットを見る限りでは日本の方ではないようです。少し音程が揺れるところもありますが、可愛さゆえに許してしまいます。冒頭のソロが終わると静かに、静かに管楽器による「ふるさと」が演奏され始めます。中途半端な編曲ではなく、これが違う作品に聞こえてしまうような錯覚にさえ陥ってしまいます。途中盛り上がるところでは「AFTER the STORM」の一節も流れます。それはほんの一瞬ですが。そして見事な金管のコラールによる「ふるさと」が聞こえ、少々不気味に進み、木管楽器が再びそれを奏でます。ラストは壮大に終わるかのように見せかけ、再び冒頭と同じように静かに、静かに幕を閉じます。タイトルの「Heimat」とはドイツ語で「ふるさと」、「Home」は英語での「ふるさと」をそれぞれ表しています。 スティーブのオーケストレーションが大変素晴らしい作品と生まれ変わらせ、そしてこれは我々日本人に対するスティーブからの熱いメッセージであると受け取るべきなのでしょう。 最初から最後までスティーブが世に問いかけた日本への想いを堪能できる作品集です。約7分間という時間の中に”それ”を教えてくれたのではないかと思う次第です。 |
我々日本人はこれほどまでにこの国を愛しているでしょうか?スティーブは我々以上にこの国のことを愛し、逆にこの作品を聞かせることで日本の素晴らしさを我々に教えてくれているのではないでしょうか。時代をさかのぼってまで教えてもらいました。スティーヴン・メリロは本当に素晴らしい贈り物を我々にくださいました。僕はこれまで以上に彼のことを尊敬し、讃えていく事にしました。今すぐにでも彼に会って直接、お礼を述べたいと思うくらいですし。 さてスティーブの次回作品は「STORMWORKS...Chapter1 Prime:a WISH to the WORLD」との事です。そして2006年には待望の管弦楽曲、交響曲第1番「S-MATRIX」と交響曲第2番「AT LIFE'S EDGE」、そしてこのChapter 5:8に収録されたヴァイオリン協奏曲のオーケストラ版がレコーディングされる予定となっています。とても期待している作品集です。どんな作品集になるのか今から非常に待ち遠しいばかりです。 |