レインホルド・グリエール(1875-1956)
 旧ソ連の代表的なバレエ「赤いけし」の作曲家として有名なレインホルド・グリエールは、若い時期モスクワ音楽院でタネーエフ、アレンスキー、イッポリト・イヴァーノフらに師事し、ロシアの国民的なロマン主義を受け継いだ作曲家である。
 ロシアの国民主義を後期ロマン派手法と結びつける彼の音楽の特質は、特にオペラ、バレエ、大規模な管弦楽曲において発揮された。日本では度々吹奏楽などで演奏される、バレエ音楽「青銅の騎士」などが有名で、国内のプロ・オーケストラはまだグリエールの音楽を頻繁に取り上げるようなことはしていない。そのため国内での知名度はまだまだ低いとされる作曲家の一人である。

 

交響曲第3番ロ短調 作品42「イリヤ・ムロメッツ」
 この交響曲はグリエールの交響曲史上最も規模の大きい作品であるといえよう。1909年から11年にかけて書かれたこの作品は中世ロシアの伝説上の英雄「イリヤ・ムロメッツ(ムーロムのイリヤ)」を題材にした長大な交響曲である。ブルックナーやマーラー並の長さを持ち、全楽章の総時間が73分程である。各楽章にタイトルを持ち、それぞれの話を作っている。
 4管編成による分厚い濃厚な響きはオーケストラをフル活用したサウンドとなっている。マーラー以後、ホルンの活躍が目覚しい交響曲界の中でこのイリヤ・ムロメッツもホルンを8本導入、そして打楽器を多用している点などマーラーの影響も受けていると言えるだろう。後期ロマン派スタイルの代表的な作品で、ロシアの交響曲史上でもスクリャービンの交響曲第3番「神聖な詩」と肩を並べるほどである。ただ難しい故に録音が少ないのも現状である。少ないが為にあまり有名でないのも現状の一つである。こんなパワフルな作品を放っておいて良いものだろうか・・・。
第1楽章:巡礼者、イリヤ・ムロメッツと英雄スヴャトゴール
 農夫の息子イリヤは30年間身じろぎせずに座っていた。曲はそんな不動のイリヤを表すアンダンテ・ソステヌートの重々しい序奏から幕をあける。やがてホルンの旋律が浮かび上がり、それに基づくロシア聖歌の主題をコーラングレとバス・クラリネットが吹き始める。これは「天から来た二人の巡礼(神)」の託宣の主題で、彼はイリヤに「起きなさい、そして行くんだ。お前は英雄になるのだ」と告げ、英雄スヴャトゴールを探す旅へイリヤを送り出す。こうしてアレグロ・イソルートの主部となり、全曲の主要主題となるイリヤ主題が示され、旅をする彼の様子が描かれていく。やがてトランクィロ・ミステリオーソとなって金管に厳かな旋律が出るが、これが英雄スヴャトゴールの主題。スヴャトゴールはその重みゆえに大地に住めず、聖なる山の頂きを彷徨っていた。イリヤはスヴャトゴールに挨拶をし、二人は山で乗馬に興じる。イリヤ主題とスヴャトゴール主題が活用される劇的な展開部である。その頂点には託宣主題も登場する。やがてスヴャトゴールは巨大な棺を発見し、自らそこに入り、一生出られなくなってしまう。彼はイリヤに英雄賢者の力と知恵を授け、死んだ。(ティンパニによるリズムだけのスヴャトゴールの主題)英雄の魔力を得たイリヤがヴラディーミル公の支配するキエフへ向けて飛ぶような速さで馬が駆ける様子を描いたダイナミックなコーダで第1楽章は幕を閉じる。
第2楽章:イリヤ・ムロメッツと山賊のソロヴェイ
 ソロヴェイは深い森に住み、訪れる者の命を奪っていた。彼は3人の美女達を使って男たちを誘惑して殺すのである。
 曲はアンダンテで、冒頭にスル・ポンティチェロ奏法の弱音器付の弦と陰鬱な木管が不気味な森の様子を描き出す。そしてコントラファゴットによるソロヴェイの主題が登場する。気味の悪い半音階の動きが反復され、トランペットによるソロヴェイの魔の叫びが出て、鳥の声がそれを彩る。やがて遠くにイリヤ主題(ホルン)が聞こえてくる。森に来たイリヤは早速美女達に誘惑される。ヴィオラによる主題を軸に展開するこの誘惑の場面は長大かつ陶酔的で、ワーグナーの官能性をさらに濃密にしたような音楽が延々と続く。しかしイリヤは誘惑には乗らず、ソロヴェイの目を矢で射る。苦しむソロヴェイを馬の鐙に括り付け、そのままキエフのヴラディーミル公の宮殿へと引きずっていく。次第に遠ざかるイリヤ主題。最後は不気味な森の静けさだけが残るのみ。
第3楽章:太陽王ヴラディーミル公の宮殿にて
 ヴラディーミル公の宮殿に貴族や騎士が集まって宴を催している。アレグロの華やいだスケルツォ風の音楽、さらにチェロとホルンがいかにもロシア風の伸びやかな主題を歌う。やがてイリヤ主題が彼の到来を告げ、中間部に突入する。イリヤは連れて来たソロヴェイに叫びを発させる(バス・クラリネット、コントラファゴット、チェロ、コントラバスによるソロヴェイ主題)。揺れる宮殿。何とか踏みとどまるヴラディーミル公以外の人々は皆倒れ臥し、イリヤはソロヴェイの首を刎ねる。ヴラディーミル公はイリヤの力を認め、騎士達もイリヤを兄貴として慕うようになる。ここで主題が繰り返され、何事もなかったような宴が陽気な感じで続けられる。
第4楽章:武勇伝とイリヤ・ムロメッツの石化
 長大なこの楽章の前半では、イリヤ率いるロシアの英雄達とタタール人達の12日間の戦闘、イリヤと巨人「ウダラヤ・ポレニツァ」との一昼夜の戦い、そしてそれらの勝利を喜ぶイリヤと英雄達の姿が描かれていく。まず、アレグロ・トゥムルトゥオーソの緊迫感漂う序奏の後、戦闘シーンを表現するアレグロ・フリオーソの主部となる。これはフガートで始まり、入り混じったテクスチュアによる激しい動きでもって劇的に展開する。イリヤ主題ももちろんその中に織り込まれていく。やがてヴィオラに幅広い主題が出る。これもイリヤ主題と深く関係をもつ。しかし勝利に酔う彼らは勢いのあまり不遜にも「我らが滅ぼしても良い天の軍隊はどこ?」と叫んでしまう。(6つのホルンによる主題)
 それに応えるかのようにして二人の戦士が現れる。ここで力強く厳しく金管に出現するのが第1楽章のロシア聖歌すなわち巡礼の託宣主題である。かつてイリヤを目覚めさせた天の神に対して宣戦布告した代償は大きかった。英雄達は天の戦士に斬りつけるが、天の戦士はその度に人数が増大していく。勢いを増す託宣主題が戦況を巧みに描き出す。切れ切れになっていくイリヤ主題。英雄達は次々と石にされ、最後にイリヤも石にされる。マエストーソ・ソレンネの圧倒的なクライマックス。そして音楽は、これまでイリヤの巡って来た道を遡るかのごとく、この音楽に出た主題を回想し、最後は夢が覚めたかのように不動のイリヤのシーンになって幕を閉じる。

 

管弦楽:ロンドン交響楽団 指揮:レオン・ボトスタイン
録音:2002年1月
 音楽史研究やアメリカ交響楽団音楽監督などをやっているレオン・ボトスタインがイギリス名門オーケストラ、ロンドン交響楽団を指揮して録音したグリエールのイリヤ・ムロメッツ。テラーク・レーベルの録音の良さとロンドン響の巧さ、この作品を細部まで読み取ったボトスタインの指揮。これらはこのCDを聞けば分かるわけだ。国内版は少し値段は高いが、輸入版なら結構安いので是非この演奏を聞いてもらいたいと思う。しかもこのCDはイリヤ・ムロメッツの完全版ということなので今までカット版しか聴いたことなかった人にもオススメである。もちろん初めての人にはもっとオススメ。大編成オーケストラの醍醐味を是非味わってみて欲しい。
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